しつこい勧誘だったら追い返そうと思っていたけど・・・ヨハンの奴、何かあったのか・・・?


・・・。


ヨハンの声に引き寄せられるように玄関ドアの前まで進み、ドアノブに手を掛けたが・・・。
・・・オレはドアを開けずにドア越しにヨハンに声を掛けた。

「ヨハン、どうしたんだ?」

以前にも確か・・・ヨハンは突然訪ねて来た事があった。
高校を卒業した後、ヨハンは在学中から活動していたタレント業に専念し、一気に有名人となったが今でも気兼ねなくオレと連絡を取り合っている。
常に笑顔を絶やす事のないヨハンに何度となく励まされてきたけど、今のオレはヨハンの笑顔を見るのが辛い。

『どうしたも、こうしたも、十代、大丈夫なのか?』

えっ・・・。
・・・オレの事を大丈夫かなんて・・・。
ヨハンはオレの何を心配してるんだ?


・・・あの事件から一週間。
オレは誰とも連絡を取っていない。
もちろんヨハンにだって何も伝えていないのに・・・。
ヨハンが訪ねて来た理由がまったく分からない。


・・・。


玄関ドアの前で考え込んでいるとヨハンから予想外の言葉を聞かされる。

『銀行立て篭もり事件だよ』





ヨハンの言葉に思わずドアを開けた。

「お前、何で!?」

何で知っているんだ!?
何処で!
一体、誰から!!
驚きのあまり、加減することなく勢い良くドアを開けてしまったが、ヨハンはドアを上手く避けて話し掛けてきた。

「やっと、開いた〜。・・・って、痩せたな、十代」

いつものように屈託のない笑顔で話すヨハンを無視し、勢い勇んで問い詰める。

「そんな事より、何で事件の事知ってるんだ!?」

そんなオレに対して、ヨハンは少し首を傾げながら不思議そうな顔をして答えてきた。

「知ってるも何も、テレビで放送されてる事件じゃないか?」
「あ・・・」

思わず間の抜けた声を漏らし・・・ヨハンから目線を外して俯いた。


テレビ・・・。
そうか・・・、そうだよな・・・。
白昼堂々、街中で犯人グループとの銃撃戦。
あれだけの事件・・・。
組織上層部だってメディアを抑えきれっこない・・・。


・・・。


「もしかして、テレビを見てないのか?オレ、あの現場にいたんだよ」
「えっ・・・?」

伏せていた目線をヨハンに戻し、見つめ返した。
ヨハンがあの現場にいた?
訳が分からずヨハンを見つめ続けていると、ヨハンは微笑みながら静かに話し出した。

「知らない?一応、オレがメインの人質だったんだぜ」
「メインの人質って・・・、そう言えば、芸能人が人質にって・・・」

そうだ。
確か、あの時、ビルの屋上で翔と万丈目がそんな事を話していた・・・。

「そ。その悲劇の芸能人がオレ。・・・たまたま、ロケ現場が近くだったんだ」

そう言えば・・・銃撃戦後、カイザーの元へ駆け寄った時テレビクルーが大騒ぎしていた・・・。















「はい。こちらは、現場付近のバーバラです」

ラテン系の顔立ちをした美人女性レポーターが荒れ果てた銀行の前に立ち、レポートする。

「『宝玉の輝き』、人気俳優、ヨハン・アンデルセンさん等、40名を人質にして銀行に立て篭もっていた犯人グループは機動隊との激しい銃撃戦の末、全員死亡という壮絶な結果となってしまいました」

壮絶な結果と言いつつ、表情はピクリとも動かない。
むしろ楽しんでいるのではないかと窺わせるほど目が輝いていた。

「間もなく人質が解放されると思いますが、あっ!たった今、警備隊によって人質が解放されたようです」

人質が警備隊の面々に支えられぞろぞろと出てきた。
その中に有名な芸能人が一人、マネージャーを伴い、いた。
報道陣がその一人に向かって駆け出すとバーバラも飛び込んで行った。

「アンデルセンさんの姿も見えます!アンデルセンさん!アンデルセンさん!凶悪事件に巻き込まれた感想は?」
「えっ?あぁ、凄く驚きました。何の撮影だろうと思って・・・・・・」
「中の様子はどうでしたか?」
「ええっと・・・、ちょっと怖かったかな。アハハッ」
「そうでしょう。怖かったでしょう?」
「でも、怖いっていうよりも、途中までドッキリだと思っていましたから・・・」

そこでヨハンは困ったように笑う。

「犯人が倒れて、初めて『事件だ』って実感が湧いたくらいで・・・」
「アンデルセンさんも拳銃を突きつけられたりされたんですか?」
「いや・・・、そう言えば僕の所には、あまり犯人は来ませんでしたね」

バーバラの突撃を止めるように、長い黒髪を後ろでゆったりと一つに縛った糸目のマネージャーがヨハンをその長身の後ろに隠す。

「はい、もう、いいですにゃ!」
「あぁ!あ、アンデルセンさん!最後にテレビのファンに向かって一言!!」
「なんとか無事でした。アハハッ」
「アンデルセンさん、ありがとうございました!現場から、私、バーバラがお伝えしました!!」















「・・・救出された後に十代が真っ青な顔しているのを見かけたから・・・」
「オレを・・・、見た・・・のか?」

オレは高校時代からの親友を自らの誤射によって危険に晒していただなんて・・・。
また現場にいた時のように恐ろしくなり、血の気が引いた。

「あぁ。それで心配になって、こうして十代のアパートに様子を見に来たってワケ」
「ヨハン・・・」

自分の愚かさと・・・ヨハンの変わらない優しさに言葉が見当たらない。

「へへっ。絆された?オレに恋しちゃいそ?」

『バカなこと言うな』と強がってみても、おどけてくれるヨハンに心が救われる・・・。
高校時代から変わらない、優しくて柔らかい笑顔。
今やテレビで見ない日はないと言われる程、有名人となったヨハン。
忙しい中、わざわざオレの為に来てくれたのだろうが、無様な今のオレは、合わす顔がない・・・。
今の自分が情けなくてヨハンから視線を外していると、ヨハンがオレの顔色を窺うように話し掛けてきた。

「今日は・・・、休みか?」


・・・。


「いや・・・仕事は辞めた」
「えっ!?」

ヨハンはオレがGX隊員だった事を知っている。
オレがGX隊員に任命された後、なかなか会えなくなった時に執拗に配属先を聞かれ・・・つい漏らしてしまった事がある。さすがにGXという部隊の名前や細かい業務内容までは伝えなかったが、防衛庁直轄の特殊な部隊とだけ説明していた。
特殊な部隊と伝えただけで、ヨハンは『大抜擢じゃないか!』と自分の事のように喜んでくれていた。


・・・ヨハンの顔から笑みが消えた。
笑顔を絶やさないヨハンには珍しい驚き、戸惑った表情・・・。
ヨハンには似合わない。
オレの事なんかで、ヨハンに心配を掛けたくない。


事情を説明すると、ヨハンは食い付くように聞き入った。
あの銃撃戦は、オレの誤射によって引き起こした惨劇だった事・・・。
人質は無事だったが、オレの上司が右腕を失った事・・・。
そして・・・

『犯人を射殺した』

・・・。

誤射によって犯人を射殺したことは言えなかった・・・。

「あれだけの騒ぎを起こしたんだ・・・。オレが責任を取るのは当然だ」

繕った体裁・・・。
ヨハンに心配を掛けない為にも、オレ自身に言い聞かせるように呟いた。

「十代・・・」

ヨハンは優しくオレに声を掛けるが表情は硬いままだ。
ヨハンの優しさは嬉しいが、オレが起こした問題でこれ以上ヨハンに心配を掛けられない。

「オレは大丈夫だ。ヨハン、お前こそ忙しいんだろ?いいのか?こんな所で油売ってて」
「何言ってんだよ、十代!全然大丈夫じゃないじゃないか!!」

ヨハンに心配を掛けまいと強がってみたオレに、ヨハンは険しい顔をして強い口調で答えてきた。
普段穏やかなヨハンが珍しく声を荒げて、一人で怒り出す。
独り言のように『組織ってのは人の扱いが分かっていない』とか、『そんなので日本の治安を守れるのか』とか・・・取り乱しだした。

「ヨハン・・・?」

ヨハンのあまりの勢いに、少し気圧された。

「よし!十代、お前オレの所に来いよ!しばらく休養して、元気が出たらオレのマネージャーやれば良いじゃないか。お前だったら弟のユベルだって歓迎してくれるし!なっ!」
「何言ってんだ・・・」

そんな事出来る筈がない。
ヨハンの気持ちはありがたいけど、何でそういう発想になるかな・・・。

「いいじゃないか、遠慮するなよ。オレもユベルも、気遣いするような仲じゃないだろ」

・・・。
やめてくれ・・・。
今のオレは・・・。

「今、オレ、事務所とユベルに連絡するから。ちょっと待っててくれよ〜。・・・ええっと・・・」

えっ・・・!?

ヨハンはポケットに手を入れるとすぐさま携帯電話を取り出し、段取りを始め出した。

冗談じゃない!

「ヨハン!いいって。よせよっ!」

慌てて止めようとするがヨハンは聞き入れようとしない。

「遠慮すんなって。ユベルだって十代に懐いてんだし。なっ」
「余計な世話はやめてくれ!!」


・・・。
・・・・・・。
・・・。


思わず声を荒げてしまったオレに、ヨハンは戸惑いながら携帯電話を持つ手を止めた・・・。

「十代・・・」

ヨハンの気持ちは痛い程分かっている・・・。
高校の時からヨハンは大袈裟なくらいにオレを心配してくれた・・・。


・・・。


ふと、高校時代のヨハンの顔が頭を過ぎる。
高一の技術の授業中。
ヨハンと喋りながらよそ見をしていたオレはカッターで左手の人差し指を切り付けてしまった・・・。

『痛って・・・、やばっ、血が出てきた・・・』
『十代・・・血が・・・血が吹き出してる・・・。大変だ!保健室、いや救急車、救急車呼ばなきゃ!!』
『騒ぐなよ、ヨハン・・・。大袈裟だな。こんなの舐めときゃ治るって』

カッターで指から血を出したくらいで救急車って・・・。
ヨハンの過剰な程の心配性は今に始まった訳じゃない・・・。
あの時もヨハンはひどく心配してくれてた・・・。


・・・。


「ごめん、怒鳴ったりして・・・。でも、オレの事は大丈夫だからほっといてくれ」

昔のヨハンの顔を思い出し、声を荒げてしまった事を素直に詫びた。

「分かったよ。でも、オレに手助け出来る事があったら言ってくれ。愚痴とか、さ」

ヨハンはオレの態度に気を悪くする様子も見せずに、気遣いの言葉を掛けてくれた。

「ああ・・・、ありがと・・・」

これ以上ヨハンに心配を掛けたくない。
今のオレには、ヨハンの優しさに『ありがとう』と答えるのが精一杯だ。
そんなオレにヨハンは優しい笑顔を残して帰って行った。
去って行くヨハンを見送り、玄関のドアを閉めた・・・。
ヨハンの足音が遠ざかっていく。


・・・。


「あはは、・・・はは」

玄関の壁に寄り掛かり、オレはずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
最低だ・・・。
心配して訪れてくれた親友に都合の良い体裁だけ伝えて同情を得るだなんて・・・。
遠のくヨハンの足音に緊張の糸が切れ、ヨハンの優しさに対して自分の汚さが痛く突き刺さる。

・・・ヨハン・・・。
オレは、人を殺したんだ・・・。
・・・オレは人を殺して・・・そして・・・大事な人の腕を奪った・・・。

「うっ・・・・・・うぅっ・・・・・・」